夕暮れフェルマータ

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戸口から青水無月の…  小林一茶「青」の三句

小林一茶の新しさ

 小林一茶は、宝暦十三年(1763年)の生まれ。享年六十五歳。彼の没後半世紀を経ずして、日本は明治時代を迎えます。

 一茶は俳聖松尾芭蕉やその後の与謝蕪村と比較して、ややもすると格下の評価に甘んじている嫌いがありますが、丁寧に読み返すと、その作品の至るところに、感覚の冴えや若々しい感受性の発露を見出すことができます。

 今回は、二万句を超える彼の発句の中から、「青」の語を用いた作品を三句ほど取り上げてご紹介したいと思います。

 「青」は、古来、わが国において、青・緑・灰色等、かなり広い範囲の色合いを指していることが知られています。「青」の語を用いた発句と言うと、与謝蕪村の、

 夕風や水青鷺の脛(はぎ)をうつ

 が、すぐ思い出されますが、実際のアオサギの羽色は、青というより、青灰色で、カワセミオオルリのような鮮やかな青とはかけ離れています。

 

一茶の「青」は、青空と青葉の青

 その点、一茶の句に用いられる「青」は「青春」をイメージさせるような生き生きとした「青」です。取り上げた三句はいずれも晩年に近い時期の作ですが、それだけに、永遠の若々しさのようなものを感じます。

 以下の三句。それぞれに、印象深い「青」を発見して、作品に定着させています。

 

 りんりんと凧上がりけり青田原

 

 戸口から青水無月の月夜かな

 

 青空に指で字をかく秋の暮

 

 最後の一句など、例えば、明治時代、若くして逝った石川啄木の、

 

 東海の小島の磯の白砂に

 われ泣きぬれて

 蟹とたはむる

 

 函館の青柳町(あをやぎちやう)こそかなしけれ

  友の恋歌

  矢ぐるまの花

 

 等の短歌作品に通じるセンチメントを感じます。

 但し、一茶の方は、俳諧らしくカラッとしていて、それがいっそう気持ち良い読後感をもたらしているようです(啄木の作品を低く見ているわけではありません。和歌と俳諧それぞれが持つ詩情の違いを言っています)。

 こうして見ていくと、一茶の持っていた先見性に改めて驚かされます。蕪村とはまた違った意味で、一茶の俳諧に胚胎している俳句の革新性について、更に愚考を深めたい欲求に駆られています。

 

 それでは、今日はこの辺で擱筆させていただきます。

 最後まで読んでくださって、ありがとうございました。