夕暮れフェルマータ

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「うつくし」の語義の変遷 及び「美しき」歌の系譜

「うつくし」の語義の変遷

 「うつくし」という形容詞には、元々、自分より弱いものを「慈しむ」というニュアンスがありました。『万葉集』で「…妻子見ればめぐし愛(うつく)し…」(巻五800)のように用いられているのが、その例だと言えましょう。

 その後、平安時代になると、「慈しむ」という心情的なニュアンスから、「慈しむ」べき対象の「可愛らしさ」に重心が移り、文字通り、「可愛い」という意味で用いられるようになります。

 和歌ではありませんが、清少納言の『枕草子』第百五十一段「うつくしきもの」は、幼児を中心とする子どもの所作や、雛人形の調度、雛鳥の様子など、現代の感覚では「可愛いらしい」ものに分類される内容が列挙されています。

 実際、この百五十一段については、「うつくしきもの」を「可愛らしいもの」と現代語訳することが通例となっています。

 その後、「うつくし」は現代語の「美しい」と重なるような用い方が主流になっていきます。江戸時代の俳諧における用例を調べると、そのことがよくわかります。

 

「うつくし」を用いた俳句、和歌(短歌)

 前段において、「慈しむ」心情が中心となっていた古代の用例を『万葉集』から、更に、「可愛らしい」意を表すようになった中古の用例を『枕草子』からご紹介しました。

 次に、江戸時代の発句の例をいくつか見ておきましょう。

 うつくしき日和になりぬ雪のうへ         炭太祇

 腰ぬけの妻うつくしき巨燵(こたつ)かな     与謝蕪村

 うつくしや年暮れきりし夜の空          小林一茶

 これらの発句で用いられた「うつくし」は、基本的に現代語でいう「美しい」と同義であると言って良いでしょう。

 但し、特に和漢の古典への造詣が深く、平安時代をイメージさせる王朝趣味の佳句を多く残した蕪村の一句に、腰を病んだ妻(自分より弱いもの)への「慈しみ」の情が滲んでいることを見逃してはいけません。

 

 最後に、明治時代の雅な短歌をご紹介して、擱筆致します。優に千年を超える和歌の伝統をしっかりと受け止めた「美しき」歌の代表です。

 清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢ふ人みなうつくしき   与謝野晶子

 

 最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

 

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