夕暮れフェルマータ

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「有明や浅間の霧が…」 小林一茶の代表句について考える

小林一茶の代表句と言えば…

 一茶の作品は親しみやすく、特に俳句に興味がない方でも、きっと何句かは諳んじることができることと思います。

 例を挙げれば、

 痩蛙まけるな一茶是(これ)に有(あり)

 雀の子そこのけそこのけお馬が通る

 やれ打つな蠅が手を摺り足を摺る

 等々。

 ちなみに、三句目の「やれ打つな」は「やれ打つな蠅が手を摺る足を摺る」の形で人口に膾炙していますが、上掲が正しいようです。確かにこの方が「やれ打つな」という蠅の懇願(の発言)と「蠅が手を摺り足を摺る」という蠅の所作の描写の文体が明確に分かれて、発句としての落ち着きが生まれます。

 

小林一茶の本当の代表句は…

 一茶本人はどう考えていたのか。彼が自ら選句した『小林一茶発句集』の「序」に、こうあります。

「翁に古池在て後、古池の句なし、一茶に松陰の句あつて後まつかげの句なし」

 ここで言う「翁」はもちろん、芭蕉翁(松尾芭蕉)のこと。そして「古池の句」は、当時から超有名だった芭蕉の名句「古池や蛙飛び込む水の音」を指しています。

 この一文を見るかぎり、一茶自身は自らの代表句を「松陰の句」、すなわち、

 松陰に寝て喰ふ六十余州哉

 だと考えていたことは明らかです。

 この一句は、徳川幕府平家)のおで日本全体が安泰に暮らせていることを詠んだもので、現代の我々からすると、これが二万句を優に超える一茶作品のNo.1なのか、と拍子抜けする感じがします。

 実際、よほどの一茶フリークでないかぎり、この句を識っている方は余りおられないのではないでしょうか。

 但し、この句は一茶の三回忌に建立された、彼の初めての句碑に選ばれています。遺された弟子たちは、生前に師匠が書き残した上掲の一文を重んじて、これを撰したに違いありません。

 

現代の俳句観から見た一茶の代表句は…

 小林一茶の俳句作品及び俳句という文芸について、ある程度識っている人たちに投票してもらった場合、最も多くの票を獲得すると思われるのは次の一句です。

 有明や浅間の霧が膳を這ふ

 この句はその前書に軽井沢とあり、一茶が故郷である北信濃の柏原と江戸とを往還する間に詠んだ一句だと考えられます。

 一般的な解釈は、こうです。

軽井沢の旅宿。早立ち故、早朝に朝食の膳に向かう私。折しも、窓外には白じろとした有明の月。そして、膝下には、浅間山が吐き出したかのような朝霧が這うように流れてゆく…」

 確かに、自然の雄大さ、繊細さ、旅宿の侘しさ、センチメンタルな旅情などが渾然とした詩情溢れる秀作と言えるでしょう。

 

有明」は、月のこと? それとも行灯(あんどん)?

 ところが、この一句に用いられた「有明」については、別の解釈が存在しているのです。普通は「有明」と言えば、それだけで「有明の月」を指しますし、他の一茶作品でもそのように用いられた例が見られます。

 しかし、当時、彼が記した日記を仔細に読むと、少なくとも軽井沢に宿泊した当日、有明の月はかかっていなかったようなのです。当時は太陰暦ですから、月の満ち欠けと日付が正確に連動しているわけで、これはかなりの説得力があります。

 仮にそれが正しいとして、後の推理は二説に分かれます。すなわち「有明(の月)」創作説と、「有明」=「有明行灯(ありあけあんどん)」説です。

 創作説もあながち否定できません。松尾芭蕉が『奥の細道』で詠んだ「荒海や佐渡に横たふ天の河」が実景ではなく、完全な創作であったことは有名な話ですし、一茶がそんな芭蕉翁を敬仰していたことも紛れない事実です。

 一方、「有明行灯」説も面白いです。有明行灯というのは、一晩中小さな灯を絶やすことなく点し続ける行灯のことだそうで、だとすると、まだ明けもやらぬ侘びしい旅宿の一室で、ひっそりと朝食を取る旅人の心情を演出するにあたっての、申し分ない小道具と言えそうです。

 この説の難点は、月を指す「有明」に比べると、類例が極めて少ないことと、特に説明がない場合、ほとんどの鑑賞者が「有明の月」をイメージすることは間違いないことです。

 また、有明行灯だとしても句の味わいは相当のものでしょうが、やはり、窓外の大きな景と眼前の佗しい朝食を対比させた句柄には及ばない、という問題もあります。

 皆さんはどちらの説を取られますか?

 

 ここから先は蛇足です。

 僕は、ふとこんなことを考えました。

 一茶の日記に創作性はないと思われるので、軽井沢に宿泊した翌朝に有明の月がかかっていることはなかった。その代わり、立ち込めた朝霧の彼方に、さも有明の月のような朝日がぼんやりと浮かんでいたのです。一茶は、その白じろと熱を失った朝日を有明の月に置き換えて、この一句を詠んだのだ、と。

 実際、一茶には「霞む日」という表現を使った作品が複数存在しています。季節は違えども、雪空の彼方に霞んで見える太陽は、一茶の美意識を形作る原型の一つだったと思われます…。

 

 結構な長文になってしまいました。今日はこの辺で擱筆致します。

 最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

 

 

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