夕暮れフェルマータ

 人生のマジックアワーに振り返る好きな本とか自然とか…。

テンカラ釣師。九月の釣行、どうしますか?

禁漁間近の渓流釣りは?

 近所の神社の森から聞こえる蝉の声が、クマゼミからヒグラシに代わりました。日中の暑さは相変わらずですが、確実に季節は動いているようです。渓流釣りの方も、標高の高い源流を除いて、小休止といったところでしょうか。

 さて、九月に入り、禁漁が近くなってくると、産卵期が近づき、水温も下がって、渓流魚は再び、よく毛鉤を追うようになります。実際、タイミングさえ合えば、比較的容易に良いサイズの魚が釣れてしまうのも、この時期の特徴です。

 ただ、シーズンも終盤を迎え、それなりに釣欲(?)が満たされたこともあってか、この時期になると、ムキになって魚を追い求める気持ちが薄れてくるのも毎年のことです。産卵準備のために食いが立っている魚たちを毛鉤で釣ることに、若干の後ろめたさすら感じたりします。

 まあ、これは先ほど述べたように、取り敢えず今シーズン分の釣欲は満たされたからこそ思えることで、別に立派な心持ちではないんですけど…。

 ところが、一時的にせよ、無欲な気持ちになって竿を振ってみると、思いがけず良い釣りができたりするのも面白いところです。

 

ちょっと寄り道。僕の釣行スタイル

 そういえば、このブログでもこれまで言及したことがなかったと思いますが、僕は朝駆けの釣りはほとんどしません。日帰りの釣行でも自宅を出るのは8時過ぎ、要は、釣行のための早起きはしないということです。

 その分、帰りは遅いです。小沢とはいえ、源流が多いので、帰路は常に日没との競争になります。僕にはこちらの方が合っているみたいです。特に暮れ方の沢には独特の味わいがあります。隠れていた山の精霊が木々の影からそっとこちらを覗いているような不思議な気分になります。

 但し、これは無責任にお勧めしてはいけないことですね。日没後の山、特に沢筋は想像以上に暗く、状況によっては遭難と隣り合わせの事態にもなり兼ねません。僕自身、その日の天候、自分の体調、装備、悪場の通過時刻など、自分で意識している以上に、いわば無意識にリスク管理をしながら行動しているように思います。いわゆる経験値というやつです。

 これは決して自慢しているわけではなく、初心の頃の自分と比較しての実感です。自分の安全は自分で守る。そのためには、その時々の自分の力量に即した釣行を行うことが大切です。

 

話を戻して、九月の渓流釣り、僕の場合

 九月(禁漁間際)の釣りの話に戻ります。この時期になると、源流への志向が弱まって、気楽に竿を振ってみたくなるのが毎年のことです。もちろん、近所の川で、ハヤやオイカワと遊ぶのは禁漁後のこと。

 この時期は、やけに空が深く感じる林道をうねうねと登って、それぞれの沢の良いところをつまみ食いしたり、ダムの流れ込みに降りて、遡上途中(?)の大型魚を狙ったりすることが多いです。

 上述した通り、意外と大物が釣れるので、早々に釣りを切り上げて、日帰りキャンプよろしく、河原で魚を焼いて食べることもあります。後は、ただポカーンとして過ごす。悪くないですよ。

 秋口の渓谷は、ちょっとしたエアポケットに入ったみたいに寂(しず)かです。夏鳥の囀りも聞こえず、水量も微妙に減って、あたかも去りゆく夏に取り残されたかのよう…。

 でも、それが良いんです。なんかホッとするんです。

「今年はどこに行こうかな…」

 心のアルバムを捲りながら、そんなことを思い巡らすのも、秋の夜長の楽しみです。

 

 それでは、今日はこの辺で擱筆致します。

 最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

 

yuugurefermata.hateblo.jp