夕暮れフェルマータ

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ごくごく私的な四季の秀歌選 「秋」編・本題

 前回、投稿した記事では、ごくごく私的な四季の秀歌選「秋」編・前説と題して、現代の「歌謡(=ポップスその他)」では、あまり重視されていないように見える「秋歌」の伝統について概説しました。 

 今日は、前回に引き続き、本題のごくごく私的な秋歌ベスト3を発表したいと思います。まあ、あらかじめ「ごくごく私的」とお断りしているわけですから、なんであの歌が選ばれておらんのか、等のクレームは皆様の心の裏に収めていただくとして、僕自身も言うほど固定的に捉えているわけではありません。

 かなり気分的なところもありますので、ああ、こんな歌もあるんだな、くらいの気軽な感じで読んでいただけるとありがたいです。

 と、事前の言い訳はこのくらいにして、いよいよ発表です。なお、ジャンルは和歌、連歌俳諧、歌謡。基本的に、秋という語が入っているか、秋の季語を使用している作品(原則として俳諧の場合)に限定しました(結局、今回、連歌俳諧は入りませんでしたが…)。

 

第1位

 秋の田の穂の上に霧らふ朝霞いつへの方に我が恋やまむ      磐姫皇后

                           『万葉集』巻二・88 

第2位

 君が愛せし綾藺笠 落ちにけり落ちにけり 賀茂川に川中に それを求むと尋ぬとせしほどに 明けにけり明けにけり さらさらさやけの秋の夜は    

                      『梁塵秘抄』巻二・四句神歌・343

第3位

 ま萩ちる庭の秋風身にしみて夕日のかげぞかべに消え行く     永福門院

                            『風雅集』秋上・478 

 

 第1位は、言わずと知れた『万葉集』中の恋歌の佳品磐姫皇后はあくまでも仮託された作者で、実際は民謡的な伝承歌であるとされています。美しく実った朝の稲田のほとりに彷徨い出て、募る恋心を鎮める術もなく、途方に暮れる乙女。儚げに立つ霧(当時は「霧」を秋、「霞」を春のものと限定する感覚はまだなかった)が、ソフトフォーカスのような効果を上げて、ビジュアル的にも申し分ありません。ここは、高貴かつ年配の磐姫皇后様より、うら若い農家の娘さんの方が適役でしょう。

 

 第2位。ご存知の方はご存知でしょうが、ご存知でない方は、えッ、何、これ。長歌? などとお思いになるかも知れませんね。これは「四句神歌」という歌謡で、この作品が収録されている『梁塵秘抄』は、平安時代末、後白河法皇によって編まれた「今様」(当代の歌謡)の集成です。残されているのはごく一部ですが、上掲歌をはじめ、魅力的な作品を多数見ることができます。

 この歌、和歌的な秋の情趣に捕らわれることなく、文字通り、清らかな秋の夜の風情を、恋人たちの道行きとともに見事に歌い上げています。

 

 第3位。永福門院は、和歌の新風、京極派の至宝とも言える女流歌人です。鎌倉時代末、京極為兼によって提唱された京極派の歌風は、為兼が主張した通り、「心のままに詞のにほひゆく」ことを旨としましたが、中でも永福門院のこの作品は、彼女の女性らしい(と言っていいと思いますが)柔らかな感覚と京極派の理論が見事に溶け合った名作です。夕暮れの一刻のごく身近な情景を、幻想的とも言えるほどの美しさで描き切ったセンスにはただただ脱帽です。

 ちなみに、永福門院には、この歌の姉妹編とも言うべき春の名作もあります。

 花の上にしばしうつろふ夕づく日入るともなしに影きえにけり

                          『風雅集』春中・199

 

 さて、いかがだったでしょうか。先に書いた通り、このランキングはかなり気分的なもので、別の日に書けば、また違う作品が挙がってくることになるとは思いますが、それはそのまま、わが国の古歌の森が広く深いことの証でありますから、改めて、古人への感謝を捧げたい思いです。

 また、秋以外の歌についても、ごくごく私的なランキングをやってみたいです。選歌的な感覚で歌を読み直すのも、勉強になる気がしました。

 

 それでは今日はこの辺で擱筆させていただきます。

 最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

 

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