夕暮れフェルマータ

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ごくごく私的な四季の秀歌選 「秋」編・前説

現代は「夏歌」全盛の時代

 ここで言う「歌」は、基本的にCDその他でリリースされる楽曲です。昔なら「流行歌」「歌謡曲」などとジャンル分けされていたもの。最近では、ロックはもちろん、ヒップホップやダンスミュージックなど、様々なジャンルの音楽がヒットチャートを賑わせています。

 その中で、特にリリースが集中する時期というかテーマがあります。洋楽からの影響で言えば、クリスマスソング山下達郎さんの「クリスマスイブ」を筆頭に、名曲が目白押しです。

 また、卒業式シーズンになると現れるのが「桜ソング」。これの火付け役は、やはり、森山直太朗さんの「さくら」でしょうか。

 四季別で見るとどうでしょう。やはり、何と言っても「夏」でしょう。もはや「夏歌(=なつうた)」という表現は完全に市民権を得ていますし、主だったアーティストやアイドルは必ず勝負の一曲をぶつけてきます。一世を風靡したTUBEのように、アーティストのアイデンティティー自体が夏に依存しているケースすらあります。

 「夏歌」に続いて印象深いのは「ウインターソング」。寒い冬だからこそ、温もりのあるバラードが似合いますし、白い雪の清らかさと一途なラブソングの相性もぴったりと言えるでしょう。個人的な好みもあるかもしれませんが、中島美嘉さんの雪の華などもそんな名曲の一つでしょう。

 こうしてざっと振り返ると、四季のうち、夏・冬、それから「桜ソング」のある春についてはそれぞれに特筆できるのですが、それに比べて、秋はなんとも弱いですね。

 

現代にもある伝統的な「秋歌」

 もちろん、秋をモチーフにした名曲がないわけではありません。思いつくままに挙げれば、オフコース「秋の気配」太田裕美さんの「九月の雨」竹内まりあさんの「セプテンバー」など、我が国の「秋歌」の伝統(秋を「飽き」に掛けて、男性の心が女性から離れていくことを歌う)に連なる名曲も少なくありません。

 特に、オフコースの「秋の気配」はタイトルからして秀逸です。今まさに心が離れつつある微妙な瞬間を、男性の立場から歌っています。小田和正、恐るべし、と言ったところでしょうか。

 

もともとはダントツで秋歌が強かった

 しかし、我が国の長い歌謡・和歌・連歌俳諧の歴史の中に占める「秋歌」の重要度から比べると、現代の秋歌の現状はひどく寂しいものというしかありません。

 古く『万葉集』の時代に、額田大王が、春と秋の優劣を歌にして結局、秋に軍配を上げた例(巻一・16)を筆頭に、和歌の世界における「秋」はまさに特別な季節でした。

 『古今和歌集』に載る「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」はもちろんのこと、下って、鎌倉時代の『新古今和歌集』には、それぞれが「秋の夕暮」で終わる、有名な「三夕の歌」が並べられていますし、これが江戸期の俳諧ともなれば、季題中の季題(季語)である「月」や、四季に渡る「風」の中でも群を抜いて用いられることが多い「秋風」に象徴されるように、特に蕉風以降、秋の情趣は俳諧と切っても切れない関係になりました。

 

 というわけで、次回は「僕が好きな秋歌ベスト3」と題して、我が国の古典の中から、優れた秋歌をピックアップしてご紹介したいと思います。「近日公開」ということでお待ちください。

 それでは、今日はこの辺で擱筆させていただきます。

 最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

 

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