青山を横切る雲のいちしろく 『万葉集』一首鑑賞
前説:『万葉集』は序詞競演の場
序詞(じょし / じょことば)については、当ブログの過去記事でも取り上げていますので、詳細はそちらに譲りますが、ごく簡単に申しますと、和歌の中の特定の言葉(その歌の主題に関係する大切な言葉であることが多い)を導き出すための比喩的な表現ということになります。
よく枕詞と並列的に紹介されることが多い技法ですが、枕詞がかなりに固定化・定式化されている反面、その語意については多く謎に包まれているのに比べ、序詞の方は、多彩な表現、あるいは詩的・民俗的な魅力に溢れているのが特徴です。
本題:夏にぴったりの恋歌発見!
実は、今朝ほど、何気なく『万葉集』を読み返していたのですが、そこで、序詞の魅力が炸裂した、夏にぴったりの秀歌を見つけたので紹介しようと思います。
まあ、ご存知の方も多いと思いますので、お宝的な驚きには欠けるかも知れませんが、とにかくいい歌です。
青山を横切る雲のいちしろく我と笑まして人に知らゆな (巻四 688)
歌意は「青々と木々の茂った山の中腹を横切る雲は著しく目立つものですが、そのように不用意に私に笑いかけて、他の人たちに気づかれないようにしてくださいね」。
作者は、大伴家持の叔母で、女性としては『万葉集』最多の入集歌数を誇る大伴坂上娘(おおとものさかのうえのいらつめ)です。
彼女は、名門大伴氏の家刀自として実に頼り甲斐のある女性でしたが、歌人としても一流でした。大伴家持が若くして和歌の才能を開花させたのも、彼女の指導あってのことと思われます。
彼女はまた、少なからぬ恋歌を遺していて、それぞれに独自の魅力を放っていますが、この歌もまた、その例に漏れません。
青山と白雲による、これ以上の簡潔さはないであろう清涼感溢れる自然描写を序詞に、古今東西変わらぬ恋の綾を見事に表現しています。
この歌を受け取る資格のある男は、その容姿はもちろん、心根までも「青山を横切る雲」のように爽やかな人物であったと想像するしかありません。
これこそ、恋愛歌の極致ですね。「この歌を捧げられた男は、この歌に相応しい魅力溢れる男に違いない」と思わせるんですから。
本当は、初夏の頃にご紹介できたら良かったのですが、立秋(今年は8月7日とのこと)直前ギリギリセーフということで、ご寛恕下さい。
それでは、今日はこの辺で擱筆致します。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。