夕暮れフェルマータ

 人生のマジックアワーに振り返る好きな本とか自然とか…。

高尾山から陣馬山へ 魅惑のナイト・ハイキング

人間だもの。暗闇が怖いのは当たり前

夜の山を照明なしで歩いたことがありますか?

普段、ショーウインドウや車、街灯など、明るい夜に慣れてしまうと、郊外の暗さに恐怖を覚えることがあります。それでも、田畑の中に人家が点在する地域なら、足元を照らす頼りにはならないまでも、遠くの明かりがかろうじて安心感を与えてくれるものです。

しかし、山に入ると、人工的な明かりは一切届かなくなります。もちろん、里に近い山なら樹間を通して集落の明かりや移動する車のヘッドライトが見えることもありますが、山で見る里の明かりは、却って自分の隔絶された状況への不安を煽るものにもなり兼ねません。

人間は夜行性ではない上、想像力という厄介な能力を持っているため、夜の闇に向かうと、現実的なリスク以上に、自ら増幅した想像上の恐怖に慄くことになるのでしょう。

登山やハイキングの指南書を読んでも、日が落ちてからの移動は遭難に繋がり兼ねないということで、厳に慎むよう記されています。

 

なし崩し的に、ナイト・ハイキング

僕も、上記のような理由で、夜間の山歩きはほとんどしたことがありません。例外的に、林道をたどって帰れることが分かっている場合の日帰りの源流釣行で、日没前の釣りの好機を楽しみ、辺りが闇に包まれる直前に、渓を離れて林道に這い上がって、勝手知ったる道をのんびり下ることがあるくらいです。

ただ、そういう時は、ドキドキ感よりワクワク感の方が勝っていることも確かで、やっぱり人間は、ある程度の安全が確保できると、すぐ好奇心がもたげて来るんだな、と妙に感心したものです(でも、そう考えると、動物たちも、けっこう好奇心が強いですよね。シカやカモシカシジュウカラなど、安全確認のためだけとは思えないような興味津々な視線をよく感じます)。

 

計画的犯行山行としてのナイト・ハイキング

そこで、ある日、敢えて夜の山道を懐中電灯やヘッドライトなどの照明を持たずに歩いてみようと出かけたわけです。

狙って行くわけですから、不測の事態が起こらないよう細心の注意を払いました。まずコースは、普段なら人が多すぎてちょっと敬遠したくなる、高尾山(東京都最西端の名低山です)から陣馬山へと続く尾根道にしました。もちろん、昼間、予定のコースを歩いています

時期夜でもさほど冷え込まない仲秋。日暮れは早いですが、その方が都合が良い。なぜなら、日が長いとなかなか暗くならないからです(笑)。

そして、大切なのが、明かりです。人工的な照明を使用しないとすれば、頼りになるのは月明かりだけです。天気が崩れる心配のない満月の夜を選びました。

更に帰路の足の確保も重要ですね。この時は車を使用せず、高尾山側から縦走を開始して、陣馬山まで歩き、そこから山梨県側に下って帰ることにしたので、里に降りてからJR藤野駅までの足として最終バスに間に合うよう、山行計画を立てました。

明るいうちに高尾山まで登り、日暮れ間近な縦走路に足を踏み入れます。誰にも会いません。やがて完全に日が暮れました。それでもわずかな残照を頼りにして、慎重に歩を進めます。

やがて、ふと気づくと、やけにくっきりとした影が足元から伸びているではありませんか。いよいよ月が本領を発揮し出したのです。それは想像以上の明るさでした。尾根道が中心で、割と頭上が開けたルートだったこともあり、闇の恐怖は全く感じられません。

そこは文字通り異次元の世界でした。月明かり特有の青白い幻想的な光に包まれ、僕は時間限定の異界を遊歩していたのです。

陣馬山に立つ白馬の像は月明かりの中に燦然と輝いていました。一抹の不安があった下りの山道も、樹間から差す月明かりに助けられ、結局、ザックの底に仕舞っておいたヘッドランプは一度も使うことなく里に下りることができました。それでも、バス発着場で待機する路線バスの明かりを見た時は、さすがにホッとしたことを覚えています。

 

ナイト・ハイキングは自己責任で!

もちろん、無責任にお勧めすることはできませんが、リスク管理をしっかり行った上で実施すれば、ナイト・ハイキングから得るものは多いでしょう。但し、あくまで自己責任でお願いします。その心構えそのものが事故防止の要諦です

念のために付け加えるなら、基本的には単独行は避けた方が良いでしょう。携帯電話が通じる山域を選べば、不測の事態にも安心ですね。

 

それでは、今日はこの辺で擱筆致します。最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

 

yuugurefermata.hateblo.jp