夕暮れフェルマータ

 人生のマジックアワーに振り返る好きな本とか自然とか…。

斑猫幻想  ハンミョウ釣り情報のおまけ付き

 ハンミョウとの出会い

 初夏、日当たりのよい林道をのんびり歩いていると、不意に足元からスッと飛び立つものがあります。ハンミョウです。こちらが歩を進めると、再びスッと浮きあがっては、数メートル先の日溜まりに着地します。これを飽きずに繰り返します。

 頭部・胸部・上翅を彩る鮮やかな文様は宝石の一顆のように美しく、目に焼きついて離れません。しかも、肉食。こんな森閑とした、人の気配のない場所で出会うと、まるで凄艶な美女に異界へと誘われているような錯覚を覚えます。ハンミョウ(斑猫)に「道おしえ」とか「道しるべ」といった異名があるのも頷けるというものです。

f:id:yugurelab:20170423144812j:plain

どこか何かの冗談のように美しいハンミョウの麗姿

 

俳句の季語としての斑猫(=道をしへ)

 ところで、ハンミョウは俳句の季語にもなっていて、異名である「道をしへ」(俳句の場合、旧仮名遣いを用いるのが原則です)を用いた句も少なくありません。

 実は僕も過去に一句詠んでみたことがあります。但し、拙句には、その元となった有名な作品があります。よく解釈すれば、和歌で言うところの本歌取りのようなものでしょうか。まずはとにかく元となった俳句をご紹介しておきましょう。

 寒鴉己(し)が影の上(へ)におりたちぬ

 作者は二十六歳で夭折した俳人芝不器男。短い句歴ながら、「人入つて門のこりたる暮春かな」など、たくさんの秀句を遺された方です。「寒鴉」の一句は、地に舞い降りる寒鴉の動きを正確無比な描写で捉え、「寒鴉」の本質にまで迫った名句です。ここまで書いておいて、拙句を持ち出すのも気が引けますが、そこは臆せず行きますね。

 道をしへ己が影の上に浮かびをり

 「寒鴉」が冬の季語なのに対し、「道をしへ」は正反対の夏の季語。不器男の一句がダイナミック(動的)にくっきりとしたイメージを提示しているのに対して、拙句の方は、幻想的でスタティック(静的)なイメージ、と、こちらも正反対の句柄です。まあ、自分のブログ内とはいえ、広く人口に膾炙した不器男の名句と拙句を並べて鑑賞するなど、勘違いも甚だしいのですが、そこは大目に見てやってください。

 

ハンミョウ釣りのこと

 ところで、ハンミョウについては、最近、新しい経験をしました。僕は現在、地方都市の中心部からやや離れた住宅地に住んでいるのですが、自宅周辺では、これまで一度も成虫のハンミョウを見かけたことはありませんでした。ところが、幼虫の方はたくさん生息していることが分かったのです。

 それは偶然見つけたYouTubeの映像がきっかけでした*1。畑の畦道などに開いている小さな穴がその巣なのだとか。こんな「穴」なら見たことある! そう思いつつ、半信半疑で、YouTubeで紹介されていた「ハンミョウ釣り」をしてみたら、釣れる釣れる。要は、巣穴の真上で草の実などの「疑似餌」を振って誘い釣りをするわけですが、なかなかの迫力で飛びついてきます。全身を引っ張り出してしまうと巣に戻れなくなってしまうかもしれないので、上半身(?)だけ確認して慎重に巣に戻しましたが、それは不思議な光景でした。

 とにかく成虫は見たことがない。なのに幼虫はうじゃうじゃいる。当然、卵を産みには来ているわけで、一体いつやってきたのか、謎は深まるばかりです。それにしても「栴檀(せんだん)は双葉より芳(かんば)し」と言いますか、幼虫もまた、成虫に劣らず、肉食系のハードボイルドな生態を持っているようですね。

 

yuugurefermata.hateblo.jp

 

*1:興味のある方は「ハンミョウ釣り」などのワードで検索してみてください。