夕暮れフェルマータ

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鳥の俳句・その弐 / 季語「翡翠(カワセミ)」

カワセミは、野鳥界の「国民的アイドル」

 カワセミは日本に生息する野鳥の中でも人気が高く、写真集も多く刊行されています。都市化の波に追われて一時は数を減らしたかとも思われましたが、環境の変化に順応したのか、再び、都市化の進んだ河川にもその美しい姿を見せてくれるようになりました。

 もちろん、カワセミの魅力は、見た目だけにとどまるものではありません。不意に現れては一直線に飛び去っていく印象的な出会いや、水中に飛び込んで魚を捕獲するという特徴的な生態、また、しばらく観察すると分かってくる、番(つがい)の仲の良さなど、好感度アップのポイントを数多く持った野鳥界のトップアイドルなのです。

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カワセミ(♀)。下嘴が朱色なのが雌。雄は上下の嘴とも黒い。写真はCCOの資料画像をお借りしました。

 

カワセミを詠む(子規、草田男)

 そんなカワセミですから、俳人だって放っておくわけがありません。留鳥ながら、その鮮やかな羽色と水辺にいる涼しげな姿に惹かれてか、夏の季語として定着しています。

 具体的に、作品を見てみましょう。

 川せみのねらひ誤る濁かな    正岡子規

 はつきりと翡翠色にとびにけり  中村草田男

 こうして見ると、やはり、獲物を狙って水中に飛び込む生態に取材したものや、一直線に飛び去った残像を詠んだものが目立ちます。

 

カワセミを詠む(川端茅舎の秀句)

 そんな中で、やや特異ながら、個人的には屈指の秀句と思うのが、

 翡翠の影こんこんと溯り     川端茅舎

 です。

 作者の川端茅舎は、高浜虚子の高弟です。画家を志したものの、病のためにその夢を諦め、俳句に生涯を捧げました。

 上掲の一句は、他の多くの作品とは異なり、川面に張り出した木の枝に止まってじっと動かない翡翠の姿を詠んでいます。

 この作品の素晴らしいところは、対象を凝視する作者の「目」です。しかも、作者の「目」は翡翠そのものではなく、川面に映る影に注がれているのです。

 川は下流に向かって流れ続けていますが、影の方はもちろん、同じ場所に定位したままです。ところが、じっと見つめ続けているうちに一種の錯覚が生じて、影の方が上流に向かって遡行しているように思われたのです。

 

茅舎の目は、画家の「目」

 こんな錯覚が生じたのは、作者の集中力の賜物です。理屈が勝っている間は、決してこんな錯覚は生じません。作者が、他の作品のように、カワセミが見せる一瞬の動きを詠まなかったのには理由があります。対象の本質を捉えるためには、対象をじっと見つめる時間が必要だったのです。

 これこそ、本当の画家の「目」でしょう。作品そのものも印象鮮明な絵画を見るようです。この時、作者は、現実には諦めたはずの画家として、対象を見据えていたのだと思います。

 茅舎の秀句を幾つか挙げておきます。「茅舎浄土」とも讃えられた、清冽な詩的精神の一端に触れてみてください。

 ぜんまいののの字ばかりの寂光土

 ひらひらと月光降りぬ貝割菜

 約束の寒の土筆を煮て下さい

 

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