夕暮れフェルマータ

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内藤丈草の一句鑑賞・その弐

とりつかぬ力で浮むかはづかな

   ※念のため、適宜漢字に代えて書き直せば「取り付かぬ力で浮かぶ蛙かな」となります。

 松尾芭蕉には個性的な弟子が多くいましたが、その中でも丈草は、その恬淡(てんたん)で誠実な人柄により、蕉門の人々から敬愛されていました。彼はまた師を追慕する気持ちが殊のほか深く、芭蕉の没後、三年にわたって心喪*1に服したとも伝えられています。

  丈草は、俳諧宗匠として世間に打って出るような俗気とは無縁でした。彼が遺した発句には、その無慾恬淡な生き方から生まれ出たような秀句がたくさんあります。作風は自由無碍。時に厳しく対象を捉え*2、時に夢幻の境に遊び*3、また時には佗しい隠遁生活の一場面をユーモラスに切り取って見せます*4

 上掲句もまた、丈草ならではの小動物に対する優しい思いが、巧まざるユーモアを醸し出している佳品です。同じ小動物への憐情を詠んでも、芭蕉の場合は、

 いきながら一つに冰(こほ)る海鼠(なまこ)哉

 と、否応なく存在の本質にまで斬り込んでいく厳しさが句の中心になってきますし、同じ蛙を詠んだとしても、例えば小林一茶

 痩蛙まけるな一茶是(これ)に有(あり)

 になりますと、痩蛙と自らの境涯を重ねているところがあって、純粋に対象を思い遣っているとばかりは言えません。

 そういう意味では、丈草のこうした句境に最も近いのは、やはり蕪村なのかも知れません。蕪村の、

 およぐ時よるべなきさまの蛙かな

 などを読むと、対象の選択から始まって、その捉え方や視点に一脈通じるものを感じます。

 しかし、仔細に見ると微妙に違う。蕪村の句には、一茶の句に見られるような自己投影の気配は希薄ですが、やはりどこかに蛙への憐憫の情が潜んでいます。それは、ふと泳ぐのをやめた蛙に「寄る辺なきさま」と見て取った蕪村自身、「寄る辺あるもの」を良しとする前提に立っているからでしょう。

 ところが、丈草にあっては、その前提自体が疑われています。丈草はすでに師である芭蕉以上に隠者らしい生活を送っていましたし、かと言って、風雅の道に殉じるといった拘りからも自由でありました。

 しかし、丈草もやはり人間です。かつて、中世の大歌人西行は、

 世を捨てて身は無きものとおもへども雪の降る日は寒くこそあれ

 と、正直な思いを歌いました。丈草とて、西行と同様の辛さ、侘しさを感じることがなかったとは思えません。

 そして、このように内省した目をもって、ただ自然体で水に浮かんでいる蛙を見つめ直したとしたら…。そこに、思いがけず愛敬*5の念が生まれたとしても、何ら不思議ではありません。

 芭蕉は、丈草を評して「この人が本気で俳諧に取り組んだら、一流の人物になることは間違いない」といった趣旨の言葉を残しています。彼はその優れた感性を用いて、自らの人生を徹底的に磨き上げたのだと思います。

 人それぞれ、与えられた才能に多寡があるのは紛れもない事実です。しかし、本当に大切なのは、自らに与えられた幾許かの才能を、何のために用いるか、そこにかかっているのかも知れません。

 

yuugurefermata.hateblo.jp

*1:しんそう。喪服を着ずに、心だけで喪に服すること(『広辞苑 第六版』より)。

*2:鷹の目の枯野にすわるあらしかな、等。

*3:大原や蝶のでて舞ふ朧月、等。

*4:春雨やぬけ出たままの夜着の穴、等。

*5:あいぎょう。いつくしみ敬うこと(『広辞苑 第六版』より)。