夕暮れフェルマータ

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『万葉集』の一首鑑賞・その弐

わがやどの夕陰草の白露の消ぬがにもとな思ほゆるかも

 

 『万葉集』巻四に収められた「笠女郎の、大伴宿祢家持に贈りし歌二十四首」の中の一首です*1

 歌意は「私の家の庭に生えている夕暮の物陰の草に置く露のように、消え入らんばかりに無性にあなたのことが思われます」*2

 笠女郎(かさのいらつめ)は、若かりし日の家持(やかもち)の恋人でした。純情可憐な恋心を、印象鮮明な序詞(じょし)*3に乗せて詠い上げるセンスの良さには、只々脱帽するしかありません。

 上掲歌においても、その才は如何なく発揮されています。歌に込められた思いはどこまでも一途ですが、そうした思いの核を担う「消ぬがに(=消え入らんばかりに)」という言葉を導き出す序詞が素晴らしい。こうしてキーを叩いている最中にも、背中がゾクゾクしてくるくらいです。

 その序詞とは「わがやどの夕陰草(ゆうかげぐさ)の白露の」。恋人を思いながら、暮れかかる庭先にぽつねんと佇むうら若き少女(おとめ)の姿が目に浮かんできます。あるいは、少女はすでに屋内に居て、暮れてゆく庭を物憂げに眺め遣っているのかも知れません。

 『万葉集』には、上掲歌以外にも、優れた序詞を持つ歌がたくさんあります。今後とも、積極的に機会を作ってご紹介していきたいと思います。

 

yuugurefermata.hateblo.jp

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*1:万葉集』巻四594

*2:『新 日本古典文学大系1』p369 脚注。

*3:和歌などで、ある語句を導き出すために前置きとして述べることば。枕詞と同じ働きをするが、四・五音などの一句から成る枕詞とは異なり、二句ないし四句にわたる。「じょことば」とも。(『広辞苑』より)