夕暮れフェルマータ

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『万葉集』の一首鑑賞 その壱

 君が行く海辺の宿に霧立たば我が立ち嘆く息と知りませ 

 

 『万葉集』巻十五冒頭に収められた遣新羅使人の贈答歌の中の一首*1天平八年六月、当時、関係が悪化していた新羅国に向けて難波を発った一行は、翌九年三月、予定を大幅に遅れて帰朝しますが、新羅国との交渉においては捗々(はかばか)しい成果を挙げることもできず、大使の安倍継麻呂は、帰途、対馬で没するなど、その船旅は文字通り苦難の連続だったようです。

 上掲の一首は、一行に加わった夫に贈った若妻の惜別の歌です。ただでさえ危険な船旅。しかも旅の目的に思いを致せば、これが今生の別れになる可能性も否定できなかったはずです。

 彼女は、愛する夫がこれから泊まるであろう海辺の湊(みなと)に朝な夕な立つ霧に、万感の思いを託して歌います。この歌を受け取った夫は、吾妹子(わぎもこ*2への愛しさで胸がいっぱいになったことでしょう。

 

夫からの返歌を読んでみる

 最愛の妻からこんなにも健気で可憐な歌を贈られた夫の君は、一体どんな歌を返したのでしょうか。実は彼の返歌も上掲歌に並べて収録されています。

 秋さらば相見むものをなにしかも霧に立つべく嘆きしまさむ  (巻十五 3581)

 歌意は「秋になったら逢えようものを、どうして霧に立つほどにお嘆きになるのだろうか」*3。「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。また、すぐに会えるんだから」と、夫は精一杯の笑顔で彼女の思いに応えたのでしょう。

 この贈答歌の微笑ましいところは、いずれの歌も敬意を表す文末表現を用いて相手に語りかけているところです*4。 

 

未来から祈る彼らの未来

 彼の歌からも読み取れるように、同年の秋には帰るはずだった一行は、大使を失いながら、半年ほども遅れてようやく帰朝することができました。

 ここに取り上げた贈答歌を歌い交わしたふたりが無事に再会できたかどうか。それは誰にも分かりません。ただ、そうであって欲しい、と、1300年後の未来から祈るばかりです。

 

yuugurefermata.hateblo.jp

 

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*1:巻十五 3580。「海辺」は「うみへ」、「我」は「あ」と訓む。

*2:「男性が妻や恋人など女性を親愛の気持ちをこめて呼ぶ語」(『全訳読解古語辞典』三省堂

*3:『新 日本古典文学大系 萬葉集三』p392脚注

*4:「知りませ」「嘆きしまさむ」