夕暮れフェルマータ

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比べてみた! テンカラ釣り vs フライフィッシング

生業の釣り vs 趣味人の釣り

 テンカラ釣りは職漁師の釣りと言われています。毛鉤を用いる点では、イギリスで生まれたフライフィッシングとよく似ていますが、釣り、あるいは渓流魚に対する姿勢や向き合い方は、正反対と言って良いほど違います。

 テンカラ釣りは生業としての釣りであり、釣った魚を売って暮らしを立てているのに対し、フライフィッシングの方は貴族の釣りで、あくまで趣味の範疇です。もちろん釣れなければ面白くないでしょうが、それによって生活が立ち行かなくなることはありません。イギリスをはじめとする欧米諸国で、キャッチ&リリースの考え方が浸透したのは、ある意味で当然のことでした。川に魚がいなくなって困るのは、誰よりもご当人たちなのですから(ちょっと皮肉が過ぎましたでしょうか?)。

 釣りのタックルや仕掛けについても、根本的な違いがあります。一定の川幅があり、フラットな流れが多いイギリスでは、毛鉤を遠くに投げるためのタックルが発達しました。リールに巻かれたフライラインがその象徴です。テンカラ竿より更に短いフライロッドを巧みに操り、狙い通りのポイントに毛鉤を投げるテクニックはまさにアート。特に、水面に高く浮いて流れるドライフライによる釣りは、ライズした魚を視認して掛けるという点だけを取っても、釣師の興奮を誘うこと、この上もありません。

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フライフィッシングのフィールドはこのように多様ですが、狙ったポイントからある程度の距離を置かないと釣りにならないことは共通しています。なお、掲載した写真は全てCCOの画像をお借りしています。

 

 一方、テンカラ釣りの仕掛けは、よく言われるように至ってシンプル。リールがないので、仕掛けの全長以上遠くのポイントに毛鉤を投げることはできません。フライフィッシングでは、ハッチ(羽化)している虫に合わせて、毛鉤の色やサイズを細かく使い分けますが、テンカラ釣りの場合は、毛鉤の種類もごくわずかです。

 日本の渓流(特に源流に近づけば近づくほど)では、さほどシビアにマッチ・ザ・ハッチ*1に気を配らなくても、魚はそこそこ釣れますし、職漁師たちにしてみれば、生業として成り立てばそれで良いわけですから、経験知としては底知れぬ蓄積があったとしても、経済効率を無視して魚の生態を研究し、その食性に合わせた毛鉤を何十種類も用意する、という発想自体を持てなかったとしても無理はありません。

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僕がふだん釣行する谷は、だいたいこんな渓相です。もちろん、途中には滝場があったり、ゴルジュ*2に行く手を阻まれたりしますが…。

 

現代のテンカラ釣師はどこに向かうべきなのか

 しかし、当然のことながら僕自身は職漁師ではありません。魚が釣れないからといって、生活が立ち行かなくなることもありません。むしろ、そうなったら、釣りになど行ってはいられません! そういう意味ではイギリス貴族に近い立場であると言えないこともないですね。

 実際、僕もキャッチ&リリースをすることが多いです。しかし、これも、絶対、というわけではありません。渓の中で魚を調理して食べることもありますし、数尾持ち帰って、自宅で食することもあります。そのあたりの感覚は、ある程度の時間をかけて、落ち着くところに落ち着いたかな、というのが正直なところです。

 ただ、僕がよく通う釣り場は小渓で、漁協による放流もなされていないところが多いので、その点はどうしても気を遣ってしまいますね。

 そもそもテンカラ釣りは、その川の魚を釣り尽くす釣りではありません。言葉は悪いですが、足で稼いで、釣れる魚のみを拾って歩く釣りです。だから、魚も減らなかったのです。ある意味で、これは職漁師の知恵だったのでしょう。

 決して安くはない入漁券を購入し、競って放流魚を釣っている今の状況を思うと、全ての川が管理釣り場のように見えなくもありませんが、実際に山に入り、渓に下りれば、まだまだ渓流魚をはじめとする素晴らしい自然に出会うことができます。

 テンカラ釣りのように、シンプルで、「釣らずに置く」ゆとりを持った生き方ができれば、人生もっと楽しくなるかも知れませんね。

 

yuugurefermata.hateblo.jp

 

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*1:羽化している虫に毛鉤を合わせること。

*2:フランス語で「喉」の意。両岸から岩壁が迫る狭い渓相を示す語。