夕暮れフェルマータ

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与謝蕪村の一句鑑賞 その壱

 若竹や夕日の嵯峨となりにけり

 京都の嵯峨(嵯峨野)と言えば、竹の名所として知られていますが、蕪村の生きた時代にも、美しい竹林があちこちに見られたのでしょう。ちなみに、当地は、古来、皇族・貴族に愛されてきた風光明媚な土地柄で、藤原定家小倉百人一首を撰んだ地とも伝えられています。

 上掲の作、季語は「若竹」、季節は夏です。句の姿はあくまで端正ですが、蕪村の天分とも言える色彩感覚により、どこか艶のある作品に仕上がっています。座五「なりにけり」はもちろん、一日の時間の推移とその終着点を表していますが、初夏をイメージさせる上五「若竹や」とも微妙に響きあっており、その時間経過の二重構造が、一句に更なる奥行きを与えています。

f:id:yugurelab:20170521235830j:plain 嵯峨野の竹林。CCOの画像を使用しています。

 当地はまた、蕪村が終生敬慕して止まなかった松尾芭蕉が、『嵯峨日記』*1を綴った処でもありました。嵯峨の小径を行く蕪村の目には、夏の暮色の中を遠ざかる芭蕉翁の背中が幻視されていたかも知れません。 

 

yuugurefermata.hateblo.jp

 

 

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*1:松尾芭蕉が、弟子である向井去来の別荘落柿舎(らくししゃ)に滞在した折に綴った日記。竹にちなんだ所収の句に「ほとゝぎす大竹藪をもる月夜」がある。