夕暮れフェルマータ

 人生のマジックアワーに振り返る好きな本とか自然とか…。

毛鉤釣師のホームグラウンド(東京編・岐阜編)

釣師の性(さが)、渓流釣りの場合

 渓流釣りを楽しむ釣師なら、ホームグラウンドとも言うべき川や渓を持っているはずです。もちろん、彼の頭の中には、尺上が居つく隠れ岩や、夕刻になると魚たちが一斉にライズを始める大淵の情報がしっかり刻みこまれています。特に大物を釣り上げたポイントはいつまでも覚えているものです。そして、二匹目のドジョウならぬ、二匹目のヤマメ、アマゴ、イワナを狙って、何度でも竿を振り続けるのです。

 ところで、何を隠そう僕も釣師の端くれです。但し、テンカラ釣り(=和式の毛鉤釣り)しかやりません。というか、できません。

 

在京時代の釣り場 秋川・多摩川

 僕は三十代半ばに、東京から岐阜の方に移住しました。そんなわけで、東京に住んでいた頃は、奥多摩周辺の渓(多摩川の本支流の源流)によく通っていました。具体的には、南秋川水系の小坂志川やハチザス沢、北秋川水系の月夜見沢、多摩川上流の三条沢や小室川谷などです。

 秋川水系の小沢は、アプローチ・流程ともに短いこともあって、ちょっとしたお散歩感覚で釣行できますが、三条沢はまだしも、小室川谷ともなると、滝場も多く、渓のスケールも大きいことから、遡行には細心の注意が必要です。その分、釣果もそれなりに期待できますが、やはり釣り人が多いせいでしょうか。魚たちの警戒心は相当強いように感じました。

 

移住後の釣り場 揖斐川源流・旧徳山村のこと

 さて、岐阜に移住してからは、揖斐川水系が僕のホームグラウンドになりました。特に、徳山ダムが建設の途上にあった頃は、旧徳山村再奥の集落だった門入(かどにゅう)まで入り、同地内で本流に注ぐ黒谷という支沢でしばしば竿を振りました。黒谷では、魚以外にもさまざまな動物との出会いがありました。大岩の陰から竿を振り込もうと顔を覗かせた途端、飛んできたヤマセミと危うく正面衝突しそうになったこともありますし、帰路、廃道寸前の峠道を下る途中で、足下二メートルにも満たない至近距離でしきりに水浴びをするオオルリにも会うことができました。

 また、旧徳山村の中心であった本郷地内に流れ込む漆谷にもよく通いました。漆谷という谷は、どこか人懐かしい雰囲気を持った谷でした。本郷集落のための取水堰が設けられていましたし、出合いからかなり遡った小さな段丘に、整然と植えられた楤(タラ)の木畑を見つけたこともありました。恐らく、本郷に住まっていた方が育てていたものでしょう。

 徳山ダムが完成し、湛水されると、漆谷の出合いは、本郷集落共々完全にダム湖の底に沈んでしまいました。黒谷のある門入は水没こそしませんでしたが、下流から車で入ることは不可能になりました。

 徳山ダムより上流の各谷に入れなくなってからは、ダム直下の支沢に通うようになりました。中でも、プラネタリウム(藤橋城・西美濃プラネタリウム)がある鶴見地区の少し上流で本流に注ぐ原谷や尾蔵谷には繰り返し釣行しています。

 それぞれの渓にまつわる「釣行記」については、また稿を改めてご紹介していくつもりです。また、旧徳山村に関する記事も折々にアップしていきたいと思います。

 

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