夕暮れフェルマータ

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『万葉集』 東歌の魅力発見!

万葉集』は難しい? 額田王大海人皇子の歌

 『万葉集』に関する本はそれなりに読んできました。もちろん、ほとんどは一般向けの啓蒙書ですが…。但し、この時代の作品には不詳な部分が多すぎて、記事にするのはつい躊躇してしまいます。

 例えば、超有名な額田王大海人皇子の、

 あかねさす紫野ゆき標野ゆき野守は見ずや君が袖ふる  (巻一 20

 紫草の匂へる妹を悪くあらば人妻故に吾恋ひめやも   (巻一 21

 というやりとりは、長い間(それこそ千年以上)、大海人皇子の妻であった額田王が、大海人の兄である天智天皇に召された後に、額田王大海人皇子の間で交わされた相聞(恋歌)と考えられてきました。

 それが今では、皇族貴族が一同に会した宴における座興であったと解釈されるようになっているのです。そればかりではありません。さらに進んで、額田王天智天皇に召されたという伝承そのものを疑問視する声さえ上がっているとのこと。

 こんな状況では、専門的な研究者でもない限り、偶然目に触れた説に引きずられて記事を書くしかなくなります。

 

「君しふみてば…」 純情可憐なおとめ心を詠みました。

 そういうわけで、『万葉集』の歌を取り上げるのは、殊のほか難しいのですが、それでもやっぱり紹介したい。そこで、今回は「東歌(あづまうた)」と呼ばれる東国の民謡風の歌を一首、取り上げてみたいと思います。

 東歌は『万葉集』巻十四に、全て短歌の形で二百三十首が収められています。その蒐集のプロセスは必ずしもはっきりしませんが、方言が顕著で、しばしば地名が読み込まれるとともに、地名その他を置き換えた類歌が多いことなどが特徴として挙げられます。

 ここにご紹介する一首に歌われているのは、純情可憐な乙女の恋心ですが、今でも十分に共感できる内容だと思います。

 信濃なる筑摩の川の細石も君しふみてば玉と拾はむ(巻十四 3400

 「筑摩の川」は、今の千曲川。「細石」は「さざれし」と読みます。歌意は「信濃の国を流れる千曲川の小石でも、愛しいあなたが踏んだものなら、珠玉と思って拾いましょう」。

 

「玉」にまつわる独断的解釈の試み

 「玉」は「魂」に通じ、翡翠(ひすい)などから作られる勾玉(まがたま)に代表されるように、しばしば呪術的な要素が含まれます。恋人が触れた小石を、玉(=恋人の魂)と思って大切に身につける行為には、もしかしたら、現代の我々が考える以上に強い思いが込められているのかも知れません。

 ことほどさように『万葉集』の歌を読むのは難しいのですが、だからこそ、汲めども尽きぬ魅力に溢れているとも言えましょう。

 

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